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 陶 器 出西窯
  
多田納 弘光 

 もう20年以上からのお付き合いでしょうか、出雲市の近くの出西(しゅさい)町に住む多田納さんとお付き合いがあります。たまたま島根県松江の「豊の秋」さんの近く?ということでお訪ねし、特に息子さんの真君と親しくしていただいており、彼が上京するとかならず神田に寄ってくれるそんな関係が続いています。

2001年2月に「豊の秋」さんに伺った折りに寄らせていただきましたが、真君は急な白血病にかかり、現在は好方に向かっているとはいえ闘病生活、ちょっとお願いがあったのですが「復活できるのは夏になりそうです。父に相談してください」ということでお願いはお父さんの弘光さんにお願いしました。ご紹介するのはその「お願い」の品は「杯台」です。手酌のお酒にどうしても欲しい道具です。かつては盛んに使われた道具ですが、古道具屋さんでたまたま見ることがあっても3万円とかしています。3万円あればもっと酒が買える!と思ってしまう御仁には手が出ません。そこで実用本位のものを作っていただきました。

出西窯は古い窯ではありません。近くに今も予科練の元飛行場が残っていますが、特攻機の飛び立ったこの飛行場もただのコンクリートの広場です。一時野菜を運ぶ滑走路にしようという案もあったそうですが、残念ながら飛行機は二度とこの滑走路から飛び立つことはありませんでした。戦争末期、アメリカ軍の空襲から飛行機を守るために近くの山に壕が掘られそこに格納したそうです。その時、そのトンネル掘りにかり出された人の中に陶芸の心得のある方がいて「これは陶土に使える」と言ったことから戦後、出西窯が築かれたそうです。昭和7年生まれの多田納さんを中心に、昭和22年(1947年)8月、5人の青年と2名の賛助者によって創業され、翌年には河井寛次郎、濱田庄司と出会い、金津滋の指導により民芸運動への参加を決意「出西窯」と名を定めました。濱田庄司、バーナードリーチなどの訪問を受け、たびたびの指導でさまざまな賞を受賞するに至っています。民芸運動は「土産もの」「洗練されていない田舎の手仕事」といったものでなく、昔ながらの自然の共同生活、そしてそこで自然に使われるもの、日々の暮らしの中に美を見つけようという運動です。

民芸では作品には作者の名前が記されず、単に「出西窯」となりますが、実はその文字すらもありません。土を発酵させる「土作り」から始まる陶芸の世界です。窯は登り窯を使用、薪の松材も地元で安価に入手できています。建物も不要となった美術館を移築したり、ちょっとこぎれいな建物は最近の展示場くらいのものです。

 

盃台
1,500内税
注文用略称
No-8250haidai1500

 

 あると便利な一品です。ひとりで飲むときに杯を置く台です。明治の時代までは漆や磁器などで美術品が作られたものが盛んに使われていましたが、今は骨董屋でたまに見かけるだけとなりました。しかもとても高価です。これは実用本位に窯元に頼んで作ってもらったものです。
 
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